雑記in'on (旧talkin'bout
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クルーエル
皆様こんにちわ。なかなか書けない感じでしたが、徐々に落ち着いてきましたので、また書きます。
ここ数ヶ月、前述のように、いろいろとしんどい感じだったんですが、
その合間にも、ちょっと楽しめたのが、プリファブスプラウトの本でした。渡辺亨さんの。
いち音楽家についての本を、発売早々に買うとか、さらに読了するとか、私にとっては、もう何年ぶりだろうな、という感じでした。
なんというか、歌詞とか関連プロデューサーとか、そのへんから知識の裾野を拡げていく、というような内容で、楽しめました。
おかげで、プリファブをほぼ全曲聴きなおす事となり、こうして積極的に聴きなおす、きっかけがあるというだけでも、良いものですね。
で、私の「例の師匠」に、せっかくの機会だから、お前もこの本買えよな、と言っとくと、
まあそのうち気が向いたら買うわと、いつものような、すぐには同調せんよといわんばかりの感じの返事ありつつ、
ついでに、例のオザケンの「アーバンブルーズへの貢献」ってあるやろ、あれ、どう考えても訳の仕方間違ってるわ、と言われました。
まあ私も前々から、そんな印象はなんとなくあったし、じゃーお前ならどう訳すんや?と問うたけれど、
ゴニョゴニョっという感じで、あんまり明確に答えるような話の流れにはなりませんでした。
で、その後気になって、「クルーエル」の訳詞を検索してみたり、たしか菊地成孔氏も例のラジオで朗読していたのも、見てみたりとか、
それも参考に、私も自分で訳したりしてみると、ハッと気づいて、あーなるほど、と思いまして。それを書きます。
結局、ここは「貢献」じゃなくて、「献金」だと思いましたよ。キリスト教における、儀礼的なやつの事で、
馴染みの無い方ならば、神社参拝でいうと「お賽銭」と同様の捉え方でもいいと思います。
結局、この「クルーエル」の歌詞の内容というのは、多分なんですけどね、パディさんもそこで学んだという神学校で、
そのような環境下にて、共に学ぶ、ある女性と恋愛をしていたけれど、結局はカトリックのシスター(修道女)の道に彼女は進む事にしたので、
当然ながら別れを告げられた、つまりは「福音」に彼女を奪われた、という嘆きの話なんじゃないかと推察すると、
これによって、だいたい全ての歌詞内容が、整合したような気がしましたよ。
なので、この文末に「つまり僕は、(今日ばかりは)(教会にではなく)アーバンブルーズにお賽銭を投げてやったようなものなんだ」
などと、最後に吐き捨てるように呟いた、という情景が、ものすごく、しっくり来るんじゃないかなと思ったわけです。
なので、オザケンさんの「ある光」での引用は、この直前にある「神様はいると思った」は、むしろ「神様はいないと思った」
のほうが、まだしっくり来るはずです。まあこうなると、そもそも全文の内容も大幅に変えないといけなくなるとは思いますが。
まあ、私としましては、ちょっと長年ひっかかっていた疑問が、今頃になって、解けたような気がして、良かったです。
まあ気が向いたら、是非ご参考に、なさってください。最後に、やっぱりプリファブ、パディさん最高です。
それにしても、余談かと思いますが、90年代には何かと「神様」を使った歌詞がありましたね。
運命の人、サマーヌード、ある光、等々。おそらく使い方はそれぞれで。このあたりもまた、考えてみたいとは思います。
比喩、投影など、それぞれを提示してもいいんだ、というのも、また、90年代ならではの「解放性」だったな、という気はしています。
これも余談かと思いますが、コーネリアスの久々のアルバムの某曲が、「アペタイト」に似てるということらしいのですが、
私は言われるまで全然気がつきませんでしたねw 言われても、まあ言われてみれば、そうだなー、と思ったぐらいでした。
私にとって最早、プリファブの曲は、たぶんコード進行やら譜割りが、どうこうっていう感じじゃないんだ、と改めて思いました。
では、またよろしくお願いします。
[
返信]
近況
お久しぶりとなりました。いち3でございます。
4月あたりだったでしょうか、私の病気の話でなにかと励ましをいただいて、ありがたかったです。
ところが5月あたりから、自分の病気の話もそこそこに、母が検査結果で糖尿のデータが出たという事で、
さらに大病院で検査をやると、今度は心臓系の疾患の恐れがあるという事で、
あれよあれよと、カテーテルで入院する事になってしまい、家族で大騒動となってしまいまして。
なんだかんだと入院の準備、いろんな心配事もそれなりに話を纏めて、いざ入院すれば、
カテーテル検査の結果、ステントその他の施術はしなくても良いという結果で、検査だけで即退院になりまして。
しかしながら、母が高齢者ゆえに施術リスクを避けられただけではないか、などという疑いとか、
そもそも今後どうやって生活していくべきか、等々の難題を残しつつ、
私としては、まずは今後の療法的な食事を管理しないといけなくて、そもそも食卓をほぼ管理する私が、常にヴァリエーションを心がけたり、
以前より、一部のメニューを除いては基本的に薄味を好んでいる筈なのですが、特に母がこれまで好んで常備していた
羊羹や甘党向けのお菓子等を劇的に排除するというような、対処もしないといけないし、ともかく色々と考えあぐねて。
まあ前述のごとく「医師は相手が高齢者だから、リスクを避けて施術を諦めて、大丈夫だったと安心させているだけではないのか」という疑念やら、
「あんたが美味い天ぷらとか頻繁に作るから、ついつい多く食べてしまうのが蓄積してこうなったのでは」という私の尊厳が壊れる口撃やら、
「やっぱり人間って死ぬんだな」みたいな漠然とした嘆き、等々という、愚痴を越えた領域の悩み話が毎日続く、
今に始まった事でもないけれど、母は日々の悩みのほぼ全てを、私にぶつけてくるわけで、
つまるところ、そういう日々の「起伏」に対応しているうちに、毎日があっという間に過ぎていきます。
そんなわけで、私は酒の量を増やすぐらいしか拠り所もないわけで、まったく日々、胃も気持ち悪いわけですが、
そもそも以前から、母は私に、どうせあんたは父方の短命の遺伝持ってるから、どうせあと10年も生きられんから開き直っとけ、などと言うし、
すでに私が独身のまま、ここの家族の片隅に、お骨が収納されるのが予定されているような、キリスト教系の墓もあらかじめ買ってあるし、
まあ平たく言っても、私は何のために生きているのか分からんと日々思っているわけで。
とりあえず直近に日々起こる、親の老後対応をする以上の事は見つからないわけで。未来とは。人生とは。
そもそも社会問題的にも、だいたい私から下の年代が老後を迎えた時、いったい誰が介護その他の世話をするのか、いないだろうという、
絶望的ながらそれを隠すがごとく、もう議論もしたがらないような未来も見えているし、仮に自分に、実子がいて実家等に残ってくれたとしても、
それを課すのは不憫な話だろうと、身をもって痛感するわけだし。未来とは。人生とは。
とりあえず、近況を書いてしまいました。一旦ここで止めて、明日にでも、また以前のような音楽話をしますね。気を取り直し。ではまた。
[
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「流動体について」について
314 2017/05/02(Tue) 19:25
やあ坊
小沢くんの新曲を買ったのですが狂ったように聴いてます。
CDを車の中で聴いてるのでカラオケバージョンでは歌ってます。
ここ数年、往年のバンドが昔のアルバム再現みたいなことが多く
そういうのはまったく関心がありませんでした。
小沢くんも然り。良くも悪くも音楽性を変えて来た彼が
LIFEの頃の音楽に回帰するのも否定的でした。
とは言え、いざ聴いてみたら私のそんなつまらん拘りを
あざ笑うような素晴らしい内容で。
まぁ歌声はアレだし歌詞も昔より聞き取りにくかったりするんだけど
そんなのブアーーっと吹き飛ばすくらいでハートを掴んできますわ。
やはり小沢くんは天才だな。聴くほどに背筋が伸びる。
で、MVはないかと探したけどなくて、替わりに見つけたカバー
出だしを唄ってる子はまゆゆに似た感じ。
このメンバーたちは小沢くんが活躍してた頃は生れてないか
幼少だっただろうから小沢くんのことは知らなかっただろう。
でも彼らがアップしてる曲でこの小沢くんのカバー曲が
ダントツの再生回数だから驚いてるかもしれません。
#stringさんお久しぶりです。ライブたくさん行って楽しそうで
何よりです。私は最近は年末の市民オーケストラの第九を
聴きに行ったくらいでライブからは足が遠のいてます。
#いち3さま。回復に向かってるようでよかったです。
お互いそこそこの歳だから完全な健康体というわけには
いきませんが無理せずにやりましょう。
そうそう、先日入院してた親が退院する時に病院に行ったのですが
入院中に私の親が仲良くなった他の入院患者で私とほぼ同年齢の
方と話しまして。
彼は脳出血を患ったのですが、発病時に家には誰もいなくて
倒れてから救急車を呼ぶための電話に辿り着くのに2日かかったそうです。
その生きるための執念というかエネルギーにはとても圧倒されました。
というわけでいろいろがんばります。
[
返信]
天狗のピリカレー
皆様こんにちわ。タイトルは、最近美味しいと再認識したおやつです。バックトゥベーシックになりたい今日この頃です(3回目)
・突発性難聴の件ですが、おかげさまで、ありがたい事に、まあだいたい8割方ぐらいでしょうか、改善いたしました。
これはなんというか、この度、いろんな事を学んだ気持ちです。
ファイバースコープで詳細に見ると、鼓膜の内側に水がたまっていたのを発見したりして、
結局は耳管という部分の機能が異常だったりしたのが大きな原因で、ようは大きな原因が一旦はっきりすると、
そこに向かって重点的な治療とか訓練をすることで、改善が早められたという感じでしょうか。
医師には、「もうちょっと聴力回復してもいいんだろうけど」ぐらいの感じで、言われてはいますが。
・まあ、いくら苦しんでいたとはいえ、やはり音楽を聴かずにいれないわ、という意志があり、
片耳だけでも聴いてやろう、ぐらいの感じだったのですが、ケアも考慮して、とりあえず大型ヘッドホンはやめて、
ボーズのイヤホン(カナル型でないもの)をメインにして、とにかく低音はカットする低音不要論を加速させ、
毎日散歩しつつ、今日はどのぐらい、可聴周波数や定位が戻っているのか、などと自己検診も兼ねつつ、
例えば欅坂のサイレントマジョの、あの左右から鳴るハンドクラップの音が、左右ほぼほぼ同じ塩梅で聴こえたら、
ああ今日は調子良くなってるぞ、とか、そんな感じで孤独に回復に一喜一憂する日々を過ごしたり。
・かなり調子が良くなった時は、さて試しにと、生演奏をやっているイベントに出かけてみると、
太鼓の音がドカンドカンと鳴り出すと、さすがに数分間で耳がピキピキと違和感に見舞われて、
その場を早々に去ってからも、しばらく鼓膜がベコベコと、圧力で勝手に動くような症状になったわけです。
このように、結構ぶり返したりすることも幾度とあったので、今でも侮れません。
というわけで、例のボウイ展も結局スルーしました。これだと映画館ぐらいの音量も、まだ厳しいかも、と思ったり。
・耳が聞こえにくい症状が治まると、次はたいてい耳鳴りがやってきて、ひどい時は数日間連続だったりしました。
で、こういう時は何を精神にぶつけようかと思いつつ、「神」ような音色を、今のうちに聴いておくべきだと考え、
キースジャレットのソロピアノコンサートの音源をかき集めて、ひたすら歩きながら聴くという。
ケルンはもう覚えるぐらい何度も聴いたので、違うアルバムのものを選びつつ、こんな膨大にあるのに、
なぜ一般はケルンだけを推し続けるのか、という理由を考えてみると、例えば1981年Munich Part IVのように、
フリー度の高いアクトがクライマックスであると、一般は評価を避けるのだな、という表層的なクラシカル基準、ポップス基準を
残念に思ったりはしますが。ともかく自分はこれはこれで、いわば音との格闘的な、感情を揺さぶるアクトだと受け取って好きだし、
何しろこの人のピアノは、いち楽器の響きを最大限に引き出しながらも、最終的にはゴスペル的な世界に救いを求めるセンスが、
いわばロック的であり、ボビーギレスピーとかと同じだと思うからこそ聴いているんだよな、と言いたくなったり。
で、そんな中でも耳鳴りが、ピアノの音に耳鳴りがずっと乗っていると、ひょっとすると、この感じは、
懐かしの、カセットテープのヒスノイズなのではないかな、と思ってみたり。
昔はこのノイズがあるからこそ、心地よくテープを聴いていた気もする、左右の音量が揺れて正確でなかったりするのも、
またテープとラジカセの「親しみ深い」要素ではなかったかな、などと無理矢理に、懐かしみつつ誤魔化してみたり、
そうしていると、徐々に治っていき、やはり治るという事は、有り難い事だったのだな、とまた噛み締めてみたりしました。
・やあ坊さま。お気遣い、ありがとうございました。
私も当初はメニエールの疑いもあったので、ゲル状の重たい薬を処方されてしまいました。
ネット上でもよく、発症から1ヶ月以内が勝負だ、とか書いてあるので、精神的にかなり焦りましたよ。
[
返信]
いやーロッキンオンと言えば
311 2017/04/10(Mon) 23:51
string
ストーンローゼスですよね。
皆様お久しぶりです。
昨日は日本で今一番危険なライブワンオクロックに参戦して来ました。
良いじゃないですかワンオクロック。
なんでもっと早く行かなかったんだろう。
あれはね。
巷で色々言われてますがね。
怪我して当然です。
怪我したくない奴は金払ってまで来るなですよね。
昔の新日本プロレスのような輝きがありましたよ。
そしてライブ参戦。
今週はノラジョーンズが武道館アリーナA
ストーンローゼスが武道館アリーナA
ポールマッカートニーがドームアリーナAと一生の運をここで
使い果たした感もありますが目白押しのAとなっております。
休日出勤当たり前ですがライブ会場に駆け込みますよ。
今までの人生で一番はノエルギャラガーの真ん前二列目ですが
真面目に生きてる人間は報われても良いんじゃないかな?と
思います。
最近はそうですね。
メジャーな感じ出していきたいですね。
20年前のストリングからは考えられないでしょうが。
レイジが来日してくれないと始まらないので誰か関係者観てたら
呼んでください。
[
返信]
ワンオクロックのライブに参戦
310 2017/04/09(Sun) 21:08
strinp
良いものを観ました。
かっこ良かったです。
[
返信]
ワンオクロック参戦しました
309 2017/04/09(Sun) 20:03
strinp
そろそろ4月
297 2017/03/26(Sun) 19:26
やあ坊
だというのに、明日は雪ですか?
で、まだ行けてないのがボウイ回顧展。
もうすぐ終わってしまいます。
忙しいからというのもあるのですが
こういうものを見るために東京まで遠征する気力が
なくなってしまったのも事実です。
いち3様、ご病気大変ですね。
私も耳の病気でメニエール病になりました。
とは言っても症状としては軽度なのですが初期に治療しないと
完治しない病気らしいというのをネットで見てへこみました。
健康維持すんのも大変です。
お大事にしてください。
[
返信]
カールうすあじ
皆様こんにちわ。タイトルは、最近美味しいと再認識したおやつです。バックトゥベーシックになりたい今日この頃です(2回目)
・実はですね、もう30日目ぐらいなんですけども、突発性難聴という病気になってしまいました。
最初の頃は、まあ急に片方が聴こえなくなったんですが、また手術痕が悪さをしてるんだろうなとか、例えばコンサートで爆音浴びた後日みたいに、
一時的にキーンとなっても、しばらくすれば自然に治るんだろうな、ぐらいに思ってたんですが、まあ治らない、治らない。
元々、首から上に持病が多かった人生だけれども、音楽好きとして、耳だけは勘弁してくださいね、と願ってたのですが、ついに来ましたね。
音楽を聴く状況も意欲も、ガクンと減っちゃいました。DTM関連とか、音質の分析とか、細かい事やってみるのも楽しかったんですが、
これで、双六でいうところの振り出しに戻りそうです。その手の書き込みも、減ると思いますが、まあ察してください。さすがに凹みました。
そういえば、下の1月の自分の書き込みに、キースの昔の盤が、今でも音質最高だな、とかいうレビューがありますが、
なんか運命的なものを感じます。最後に、音質最高だったものを、何故かふと思い出して聴いて悟ってみた、みたいな。
怖いですねー。きっと、悟ったその時が潮時フラグである、みたいな理なのでしょうか。もうなんかこういうのやめます。避けます。身体が大事だよ。
・さて、オザケンさんですよね。
私は耳鼻科でステロイドという、今の時代でも危うさが残るらしい薬の処方をされ、治ってくれーといいながら療法をしていた頃に、
オザケン復帰のニュースとのことで、まあとにかく色々と語れるニュースですよねと思いつつも、私みたいな、いつも余計な一言が多くなるような奴は、
本気なファンには迷惑だろうから、だらだらと芸スポ板なんかで読み書きしてましたね。こういう場所では定番のように、やれ歌唱力が無いだの、
やれ思い入れ過大評価だの、そもそもインテリ高尚さを鼻にかけててムカつくだの、サンプリングがパクリだの、
その手の分かり易い煽りが飛び込んでくるのを、いやそもそも、そんな基準の話ではないと幾度と返したり。
あとあれですね、星野源との類似点。音楽ルーツが云々などと分析する前に、内向から外向、自己解放への道程における類似をまず基本と捉えないと、
そもそもオザケンを後追い評価する事もできないぞ?などとたまに師匠ぶりを放出したり。あとパーフリ、何かと神格化されているけれど、
やはりUKネオアコからマッドチェスターの生真面目な模倣を核とした事に尽きるわけで、そこプラスアルファで捉えるべきじゃないかなとか。
で、Mステ放送が終わると、しばし思い入れレスはピタリと止まる。そのうち何故かネオアコの話になり、中でもプリファブ、スミスとか、
やっぱり皆スミスが好きなんだよね、なんだかんだで、と同意と、こういう、一連の流れはまあ、しみじみと楽しめました。
オザケン全盛に到るまでの、あの時代に日本で起こった事の、全ての期待の源流というか、原動力はきっとスミスへの思い入れにあるはずだ、という
アクロバティックな解釈もできそうな感じになりました。
後はまあ、特にスレにすら書くこともないであろうぐらいの個人的な解釈といえば、パーフリの2人の関係性は、
まるで私と例の師匠との関係性ですよね。オザケンは何かと、自分よりも常に情報力や発想力が上回る友人との出会いについて、トラウマ的にすら
考え戸惑った事もあると思うんですよ。つまり、オザケンとは僕である。という強引な解釈も、私には出来ますね。
後は何でしょうね、オザケンの鼻歌感覚を忘れないようなメロディーや符割りの源流は、何だろうとよく考えていたら、
山本正之さん(ヤッターマンとか)と同じ感じじゃないかなと思ったんですよね。特に頭の良い人が、音楽で自己解放に向かう時は、
幼少時体験が大幅に引き出されるというか、その感じですね。後、何故かトシちゃんのハッとしてグッドを思い出すんですよね。基本あの感じというか。
まあ、すでに解説されている項目なのかなと思い、思いつく度にググってみましたがヒットしないので、一応自論とさせていただきます。
やはり、余計な一言が多くなってしまったようです。申し訳御座いません。
こんなところで終わります。ではまた。
[
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多忙すぎて死にそう
295 2017/03/01(Wed) 23:07
やあ坊
山崎さんによるDボウイイベントが
http://ro69.jp/blog/yamazaki/157055
行きたいぞ。でも無理。
Dボウイ回顧展もまだ行けてない。あと1ヶ月か・・。
ちなみにボウイ回顧はやっとSTATIONTOSTATIONまで来ました。
もう何度も聴いております。
去年の暮以降はボウイと欅坂しか聴いておりません。
でも最近知った最近の音楽はサチモス。でも今この名前を出すと
とてもミーハーと呼ばれるんでしょう。
そうそう小沢くん。
Mステに出るというので見ましたがさすがにキツイ。
録画で見たのですが早送りしました。
翌日ラジオで新曲を改めて耳にしたらそんなに悪くないと
思ったのでたぶん買います。
小沢くんは頭がいいから当然自分が生放送で歌う姿が
どう映ってるかわかってるはずなんですよね
それでもああやって堂々と出ちゃうところが奇人なんですよね
その歪さがなんとも面白いんだろうな
[
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チーズあられ
皆様こんにちわ。タイトルは、最近美味しいと再認識したおやつです。バックトゥベーシックになりたい今日この頃です。
部屋が乾燥しますよねこの時期。時計に湿度計が付いてるんですが、暖房なんかつけて油断してると、湿度が30%を切ってたりして、
こりゃさすがにやばいって感じで、乾燥との戦いになりますね。加湿器は一度うちにあったんですが、すぐ壊れて、煩いわりに全く水蒸気が発生せず腹が立ったので、
もう買いたくなくて、お湯で濡らしたタオル干したり、お湯をカーテンにスプレーしてみたり、そんなごときでは効かないので、電気鍋にお湯を沸かして、
鍋ごと布団の上に置くなどという、一歩間違えたらやばい、捨て身な手をも使ったりして。さらに、お湯だけ炊くのはどうも淋しいので、
ゆで卵を作ってみたり、そして結局おでんへと導かれたりと、湿度計と格闘ですが、日本海側はもう大雪ですね。こんにちわ。
・先日に書きました、マンション階下の住民が、深夜に天井あたりから騒音の苦情をしつこく言ってきた件なんですが、
向こうがついに、契約不動産屋さんを通してまた書いてきたので、私がもう独断的に、丁寧に不動産屋さんに電話をしたことで、
なんとなく丸く収まったような感じです。我が身内らも、それで精神的に落ち着きを取り戻してくれたようであります。功を奏して。
結局、相手方に丁寧に弁明を述べて、折衝をすれば、それで伝わるはずなのだと、改めて思ったわけですよ。少なくともこの日本国では。
べつに相手方も、法的手段や警察沙汰にまで発展させたくは無いはずですからね。でも一言ぐらい謝ってきてもいいんじゃないか?とも思いますがね。
それにしても、この件、特にうちの母と姉2人が、どう対応するか延々と議論していたんですが、
疑心暗鬼が膨張するというんですか、女だけでこういう事を議論しては、ダメだと改めて分かりましたね。
その末に、男性である私が、騒音の原因にされたり、相変わらず無駄にこちらの精神が凹む、結論を導かれて困りました。
女性というのは、日常から身の危険性を伴って育っているから、例の保身的な被害妄想を多分に絡めて、
不安性が増幅するほどに、客観的な議論ができなくなっていくので、いくら学力があろうと、こうなってしまうんですよねきっと。
なので、今後やっぱりこの手の問題が来たら、私が独断で折衝しに行くのが、最善なのだろうと改めて思いました。もう捨て身ですからね私は。
・JASRACの話といえば、昔に我が師匠が作ったCDで、その制作レーベルのほうがJASRACに入らない主義で、メディアに随意使用させたほうが宣伝効果がある、
みたいな方針の話で、入らなかったらしいんですね。
そしたらテレビのバラエティBGM等々で時折、勝手に使われて流れたり、驚いたのは、ハ○プロの月金の番組で毎回オープニング曲にされたりしてました。
ハ○プロといえば当時はアイドル界を席巻しまくりだったから、音楽担当は内部で充実してる筈なのに、なんで師匠の曲なんだよと、ちょっと笑えたりしました。
で、師匠に、こういう事が起こってますけど、番組のほうに問い合わせとか、それをネタに営業でも、してみれば?と問うと、
師匠はその点もまた、ロケンロール的な思想に基づく対応というか。「知らんわ、アイドルとか知らんし」みたいな感じで、一蹴というか放置していたようで。
それによって、師匠の生活が変わるとか、そういう事も何もなく。つまりは何も変わらない、そのほうが良かったんじゃないかとも思うという。
ひいては著作権とロケンロールの関係性などというものも、そういうもんなのだろうなと、私としては個人的に結論付けましたと。まあそんな思い出ですね。
・女の子のいるバンドといえば、あれですかね。例えば私ならば、付き合っていた女性に、女の子と音楽活動するなんて、絶対浮気につながるからやめてね、
とか、幾度と固く言われた事も、あった記憶がありますね。
で、実際やめときましたねw 従順が過ぎましたでしょうかと、ちょっとは思いますが。
実際やめとく、これもまたロケンロールなんじゃないかと、私としては個人的に結論付けたような記憶がありますがね。もう捨て身でしたね。
今回も何かと、個人的な話が多かったですね。音楽批評は出来ませんでしたね。すみませんね。次回はなぜか、ジャミロクアイと90年代の話でもしてみたいです。では。
[
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無題
292 2017/01/29(Sun) 00:38
wata流
生活してるとたまに趣味を超えた音楽活動をしている人に巡り合うことが
ありますが、4年近く同じ会社にいて仕事上の会話もあるのについ先日間接的に知ることになった人、のバンド、CAUCUS。
割と好きというか、かなり好き。というか、最近こういうの全然聴いてなかったから余計染み入る感じ。
本人(柳川氏 Vo)曰くシューゲイザー、ネオアコ、マンチェはがっつりと通り、学生時代はベルセバを泣きながら聴いていたらしいのでw
そのあたりが好きな方は好みなのではないでしょうか。
音源は多くはないですが、現在アルバム制作中とのことなので、期待です。
http://www.caucus.jp/
[
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キース
初期テトリスの、着地した後でも微妙な挙動でスライドが可能だが、思い切りレバーを傾けていると過剰に滑ってしまう、あの感じ。
あの感じで、どうも心身がどうも危ういけど、どうしようもなくやり過ごしております。いち3です。
今日は1枚盤レビューでもしてみます。
なんか妙にふと、年始から聴きたくなったのが、キースリチャーズのTalk Is Cheapでした。
「これしかできないが、これが最高なんだ」といわんばかりのギターカッティング。それに寄り添うシンプルであり極上のサウンド。
とにかくホット且つクールですね。ストーンズが暗礁に乗り上げた頃に出た、満を持した1stソロ盤の1曲目に、
名刺代わりのギター音から始まるのではなく、Pファンク仕込みのリズムトラックから、ギターとレゲエ調の歌心がセッションされていくという。
1stソロ盤であろうと、今好きなものから始めるだけだよといわんばかりの、このクールさですね。
まあ、もはや中身の良さ、経緯などについては、私が評する事もないぐらい理解されているはずなので少々省略しますが、
とにかく、これは音質が素晴らしい。少なくともロックギターを主体としたサウンド作品として、
これ以来、これ以上のサウンドの盤は出ていないんじゃないかな、と思うぐらい素晴らしい、と、現在聴きなおして認識してしまいました。
破綻する瞬間がひとつも見つからないという驚異。ギターをはじめ全ての音に細心の注意が払われているようで。
誤解を恐れずに言えば、コンサバティブなサウンド感の範疇も、包含している感じですかね。
アーシーを多分に内包しながらも、現代の「帯域」に充填し響かせられれば、つまりコンサバティブと成る、確かそういう意義ではなかったでしょうか。
当時の、難波のスターレコードでしたかね、ああいう広く天井の高いフロアに、あのジョーダンの抜けたスネア音が鳴り響くだけで空気が変わる感じ、
今でも鮮明に記憶しています。あるいは自家用車のカーオーディオで、運転席のドアに設置されたスピーカーから、
イントロのギターカッティングが、運転する自分の右膝あたりをめがけて重厚に鳴り始める、まるで心地よいエンジン音にも似た、あの感じも。
1988年といえば、所謂80年代らしい、DX7的なキラキラサウンドに、世の中も嫌気が差してきたぐらいの時期でしょうかね。
ユーロビートのような、後はもう辟易に向かうしかない、浮かれ尽くした量産型の過剰供給を過ぎて、陰りが見え始めた時期であろうと。
そんな時代にこの音が投入されたわけですよね。いわば、オルタナティブな登場でもあったのでは、という気もします。
キースというビッグネームなのに、同時にオルタナティブであるという、そのへんの立ち位置感もまた、たまらなかったな、という。
これは単にサウンドや音質だけの話ではなく、キースのキャラクターや作る音の特性の成せるものでもあると思いますが、まあ要するに、
90年代にオルタナ系なる価値性が出るもっと以前に、ここにもひとつの萌芽もあったのではないかとさえ思うわけです。
ところが私ときたら、これを10代で当初聴いたわけですな。なんというかいろいろ無知なままで。
ストーンズのキースだから基本でしょ、そりゃ聴かなかったらロックファン失格でしょ、みたいな先入感もアリアリで、ですね。
で、「大人なロック」なる、あまり私個人的には言いたくないような価値を、このサウンドから妙に感じ取っていた事も覚えていて。
なんかこう、停車時の運転席にて、陽光で仄かに熱を蓄えたダッシュボードに目をやりつつ、ちょっと掌を当ててみた時のような、
妙な落ち着き感、ああ大人になった感じ、とでも言いますかね。その時に車内に流れていて欲しいような感じ。
しかしながら私は、ダイナソーJrのBugみたいな、すごく粗野な音も並行して聴いていたという。UKではスミスからのローゼズとかもあったという。
で、言うまでもなく、その後は、私ともども世の中は、やや焦って先に行くかのように、90年代的なそっちの価値観に流れていったという。
つまり、ちょっと置き去りにしていったような記憶が、私にはあるのですね。このキース盤を象徴とする、上記のごとく包括的に完成されている、
芳醇なサウンドの不変的価値みたいな部分をね。置き去り。それは何でしょうね。良いと分かっていつつも、処理し切れなかったというか、
完成されたものを、敢えてさらっと消費して次に行かないと、なんか年齢的にダメだなと察知するぐらい、こちらが未熟だったというか。
うーむ、キースがいよいよ逝去した時は、我々はどうしましょうかね、なんて事もチラチラと脳内をよぎったりはしますね。まあね。では。
[
返信]
賀正
明けましておめでとうございます。いち3でございます。
昨年末は少々、とり乱しましたといいますか、まあべつに言わなくてもいいですかね。まあいいですね。
来年の事を言うと鬼が笑う、などと言いますが、では、昨年の事を言うと鬼が泣いてくれるのでしょうか。知りませんが。
大晦日、年越し蕎麦は、わりとバタバタと作ったわりには、まあまあ美味く作れました。好評で御座いました。
元旦に、雑煮をバタバタと作ると、いきなり「貧相な雑煮やな」と母にツッコまれました。正月早々、気分が悪くなりました。
そもそも年末ぐらいから、もうずっと何を作っても美味くないと8割方文句を唱える感じで、陰鬱としておりまして、
私自身も、もう何を作って食べても舌が酸っぱいというか、つられて美味しくないので、陰鬱としておりましたが、
4日には母が頻発する膀胱炎が出て、早朝から大変となり、投薬と徹底的に温める療法などで、夕方ほどには寛解したようで、
それと共に、陰鬱としていた不安定性も、まあ一応は払拭できたのか、という経緯になりました。
そんな感じで、今年も日々、母や家族のエキセントリックな心身の揺れに、翻弄される事でしょうかと。
・SMAPが解散いたしました。例えば、少なくとも中居さんぐらいの歌唱力であっても、日本では紅白のトリを努めるチャンスがあるのだ、
そんな希望も示したりする、革命的とまで言ってもいいかどうかという、いわば特異なグループで御座いました。
この電撃的な解散、私の見解としまして、これもやはり上の者らの乱心だと思うんですよね。
特に今まで、社会経済的にも有能であり、上に立ち、仕事を回してきたような女性に限って、
高齢となるにつれて、過去から積もった怨恨的なものを、通常のように収めたり出来にくくなったり、
そういう心身の揺れ、乱心が引き金になり、ビジネスも含めた関係の崩壊までもを劇的に導くのだ、と思います。
つまり、SMAPも私も、まるで同じような柵で、翻弄をされているのではないか、と思うと、ある種の奥ゆかしさというか、しみじみするという事であります。
SMAPのような、すでに地位や名声、そして指針を確立していたであろうはずの立場でも、ここに崩されるのだな、と思うと、
そりゃ私なんかもっと、どうにもならないわけだわ、と諦めも身に沁みるわけですね。
核心として、女性と高齢のジレンマこそが、まさに、この今の世を、崩すという意味も含めて、ランディングさせるんでしょうなと。
この今の世という、安定的に見えて実は脆い、儚き舟を。
・ジョージマイケルさんが死去されました。合掌。
そこでジョージマイケルですよ、という事だったのか、と思わず嘆きたくなりました。この時期、いろんな意味で。
我々に出来る事は、なかったのでしょうか。いや出来たかもしれないな、などと考えてみたり。
ワム!などを聴きなおすほどに、これもまた基本的には70年代までのソウル音楽への愛情が色濃いモノだったのが分かりますね。
ケアレスウィスパーのロングバージョンのイントロなどは、今聴けば90年代以降だとネオソウル的に通用しそうな感じです。
これが2枚目盤以外の収録だと、よくラジオでも流れていたように、サックスイントロから始まっていますね。
ここを省略してしまうところが、いかにも80年代的な薄ぺらな消費文化感を象徴していますね。ワム!自体に、消費性の代償が見えてしまうこの感じ。
私ですら、80年代には、何このロングバージョン? はよ例のサックスイントロ始まれよ、と思っていたはずですな。情けない。
私も早速、彼の全曲を聴きなおす事を目標にしつつ、フリーダムなどを聴いて、この揺ぎ無いエバーグリーン感に包まれつつ、
弔うとともに、80年代から90年代にかけての自分なりの「反省」も蒸し返しつつ、
年末年始においても、あまりに簡素な散歩の時間を、半ば無理やりに色添えておりました。
・キャリーフィッシャーさんが死去されました。合掌。
スターウォーズといえば、1作目が封切りの時に、これはもう歴史的な出来事を体感すべき事そのものであるので、
絶対に観に行く義務があるといわんばかりに、当時高3か浪人中ぐらいだった姉が、全員を引き連れて映画館に行きましたね。
まあそのおかげで、旧三部作はまさに歴史的に体感する事ができましたね。直感というものは必要ですね。
ところが私ときたら、新三部作はまあ1作目は単純に歓喜しましたが、その後はだらだらと捉えるようになってしまい、
そのうちテレビでやってる時に観ればいいか、ぐらいの体たらくとなってしまいました。
姉は映画なんて最早二の次な日常となり、家に来ては姑と小姑への怨恨ばかりをいつも唱え散らす辟易な感じとなり。
まったく何だったんだろうな、何故に今はこうなんだろうなと、事あるごとにまた遠い目になるばかりの日々でございます。
・ボウイ大回顧展が始まりますね。まあ暫くは、行列に耐えられるかどうかの選択が必至なのでしょうね。
空いてきた平日などに、すっと上手く行って、じっくりと見てみたいもので御座います。では。
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返信]
トホホ感の横溢
1ヶ月は空いてしまいましたね。こないだ10年ぶりぐらいに職務質問されました、いち3です。
いきなり暗い幹線道路の夜道で、3人の自転車の警官に呼び止められて。え、なんで今さら俺なんかに声かけるの新人なの?とか思わず口にしてしまうと、
そうです10月に赴任されたばかりなんですよ、とか言われたり。いやでもリュックの中とか見せるの嫌だから、べつに拒否してもいいんでしょこれ?とか、
歩くのを止めずに拒否すると、いややってもらえないと私ら帰れないんで、とか、絶対3分以内に終わらせますから計っててもいいですよとかゲーム感覚もチラホラで。
これだとまるでキャッチ状態だなとか思いつつも、そのうち某企業ビルの前で照明が明るいとこに来たので、じゃーあの明るいとこでやりましょうと、
こっちから誘う感じになったんですけども。リュックとか財布ゴソゴソやられてる途中、いや薬は結構常備してるけど、シャブとか絶対無いよとかツッコんだり、
終わった後も、君らまさか何か盗ったりしてないよね?とかツッコんだり。そしたら盗ってないですよーと、3人とも両手を広げて見せたり。少々面白いぞと。
久々に、変にテンションが上がったとはいえ。若手警官に対して、なんか先輩面した感じで、ツッコミいれまくってた自分に後で驚きましたね。
なんだか、久々に自分が奥ゆかしい感じを味わいましたね。ええ。変な表現ですかね、自分が奥ゆかしい。まあそこはどうでもええんですが。
案の定、終わってからしばらく歩くと、次の人に職質やってましたね。まあ練習みたいなものだから、しょうがないんでしょうね。頑張って下さいと。
・20日ほど前に、イカのゲソ(個人的に、イカで一番美味い部位)の天ぷらを自作してたんですよ。で、2度揚げとかして、かなりカリカリになったやつを、
ウマウマと食ってたら、なんと舌の裏側の、たぶん血管とか浮いてる部分に刺さったんですよ。そしたらドバドバと出血して、口内は痺れて、
これでついに死ぬのかな、と思ったぐらいだったんですよ。それで盛大に凹んでたんですよ。結果的には約20日ぐらいで治ってくれたようではありますが。
まあ原因は、ただ単に噛んでいたわけではなくて、パクッと口に入れた時に、母親が寝床からガラっと飛び出してきたので(よくあること)、
ウグっとなってしまったのが発端ですね。これと同じパターンで、でかい魚の骨が喉に刺さって、内視鏡で取るしかなかった事も過去にありました。
思えば、私は、首から上の病気や事故が多すぎるんですね。これは占い師にも言われました。私が18ぐらいの時に、母親が職場の絡みで、
来訪してた占い師に私の事を占ってみたら、一発でそれを言われたらしいですね。首から上の災いみたいなものが、絶えないとかいうのを。
もう、5歳の時の転落から始まって、10代までに3度鼻を折ったのから始まって、いろいろありすぎですね。
たしか中学の教師に、しばしば顔に怪我して座ってるので、おまえマッドマックスみたいだな、とかツッコまれた事もありましたな。不名誉な事です。
で、その鼻骨折を原因とする持病を抱えたり、手術を今まで3回やる羽目になったりと。トラウマであり不名誉な事です。
いや、トラウマとか不名誉とかいうよりも、もはや人生観を形成するにあたり大きな比重を成しているんですね。
まあ簡単に説明できませんが極論的に云えば、自分が、音楽なんかに入れ込んだりしてきた起因がこれなんじゃないかとも思っているんですけどね。
そもそも、首から上の災いみたいなものが無かったら、私は音楽なんか特別入れ込んでなかったんじゃないかと、今でもどっかで思ってますよ。ええ。
・マンション階下の住民が、深夜に天井あたりから騒音があるから、おもえらのせいではないかと、手紙をよこしてきたんですよ。
まるで工事の金槌を打つような音だと。勿論そんな音は出してないし、聞いてもいないので、無視していたら、何度もしつこくなってきたんですよ。
その階下の主が、以前から住んでる人ならまだ分かりますが、今年引っ越してきたばかりの賃貸人らしいんですよ。そういう立場なら、
まず家主や契約不動産等に相談するのが通常だと思いますが、いきなり階上の3世帯に苦情の手紙を出してきたそうで。
しかもその手紙に、昼間はいくらでも音を出してくれてもいいぞとか、勝手に基準を決めて来たりして、何か全体的に主張が異常、おかしいなと。
これは勧誘とか詐欺とか、別の目的のきっかけとして、企てているようなケースではないかと、妙に警戒感が増大してきた次第で。
私ならそこまで警戒した上で、さらっと交わすんですが、困ったのは高齢の母で。高齢者なりの時代の価値観でなにかと動いてしまうというか。
変に相手の神経質さを気遣ってやるような心理に持っていかれてるというか、テレビや料理等のありがちな生活音まで、過剰に気にするようになってしまって。
私の声まで、そんな声出すと下に響くと、遮ったりするように(私なんて元々他者が聞き取りにくいぐらい小声で滑舌も悪いです)なってストレスとなり、
この母の、方向性の定まらない不安感からの身内に転嫁みたいな高揚心理を、止めるのはどうすれば良いのか、そのほうに苦慮する事になってしまいまして。
メリクリや年末どころでは無くなってしまったような状態です。もし相手が詐欺なら、まさに術中に嵌ってしまっているようで。
そんなこんなで、なんでこんな事ばかりなんだろうなと、他者に「よいお年を」なんて言う気も無くなるぐらいの感じで。
来年ぐらいは良い方向にならないかなーと。では。
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